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東京地方裁判所 平成3年(ワ)11944号 判決 1993年2月09日

主文

一  被告は、原告に対し、金七三八万円及び内金三四四万円に対する平成三年二月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、《証拠略》によれば、被告の主張(二)の事実が認められる。

二  そこで、請求原因2(本件担当裁判官の故意又は過失)について判断する。

1  民事執行法六一条は、不動産競売における複数不動産の一括売却を規定するが、土地と地上建物等のように利用上相互に関連する不動産については、一括売却をした方が個別売却をするよりも高額、迅速な売却が見込まれる場合があり、このような場合に一括売却を認めることが債権者、債務者双方の利益に合致するとみられること、また、一括売却を認めることは、右関連不動産の合理的活用を図ることにつながり、敷地利用権のない建物等を売却により出現させないという効用もあることから、同条本文において右一括売却の制度が設けられたものであり、他面、一括売却すれば超過売却となることが見込まれる場合に債務者の意向を無視して一括売却を実施することは、債務者の財産に対する過重な侵害となり、債務者の利益を害するおそれが生ずることとなることから、同条但書において、かかる場合には、債務者の同意を要する旨規定されているものである。

そして、同条但書の定める債務者の同意の要否に関しては、同意が得られないために売却から除外される不動産が競売後に経済的な価値を有しなくなるような場合には、同意を不要としても債務者の利益を害することはなく、かえつて一括売却することが、高額、迅速な売却の実施や不動産の合理的活用という右の観点に照らして妥当といえることから、このような場合、債務者の同意なくして一括売却を行うことができるとの解釈論が広く採用されており、実務上もかかる解釈論に従つた運用がなされていることが文献上窺われる。

2  ところで、昭和五八年五月二一日法律第五一号改正による建物区分所有法二二条一項、三項は、一棟の建物の専有部分全部を一人の者が所有し、その者が、その建物の敷地の所有権を有している場合には、右専有部分と敷地とを分離処分することはできない旨規定し、これによれば、同条の適用がある区分所有建物については必ず一括売却しなければならないとされるところ、同法附則一条、五条、昭和六三年政令三三四号によれば、同法二二条の規定は、昭和五九年一月一日に現に存する専有部分及びその専有部分に係る敷地利用権については、昭和六三年一二月二八日から適用するとされている。

本件においては、原告がその所有地である本件土地上に一棟の建物の専有部分全部に相当する本件建物1、2を所有していたこと、並びに本件担当裁判官が本件土地及び本件建物2につき売却許可決定をした時期が昭和六三年一〇月六日であることは、いずれも前記争いのない事実から明らかであるところ、《証拠略》によれば、本件建物1、2は、昭和五七年一〇月一二日には既に存在していたことが認められるから、同建物については、右売却当時において前記の改正による建物区分所有法二二条一項、三項が適用されるものではなく、したがつて右担当裁判官が本件建物1を売却対象物件から除外し、本件土地及び本件建物2のみを売却したことが、建物区分所有法に違反する措置であつたということはできない。

しかしながら、建物区分所有法二二条の適用がない区分所有建物であつても、これをその敷地利用権と一括売却することは、高額、迅速な売却の実施や不動産の合理的活用といつた前記一括売却の趣旨に沿うものであつて、それが債務者の利益を害するとはいい難いことから、前項で掲げた解釈論においては、債務者の同意を要しない一括売却の具体的な事例として、区分所有建物とその敷地利用権とを一括売却する場合を掲げているものが多い上、文献によれば、昭和五八年の右改正により建物区分所有法二二条の規定が設けられる以前においても、区分所有建物とその敷地利用権については債務者の同意を要せずに一括売却に付する運用をしていた執行裁判実務も存在することが認められるのであつて、かかる解釈論及び執行実務の運用からすれば、本件においても、本件建物1を本件土地とともに一括売却するのが解釈上及び実務上妥当な措置であつたというべきである。

3  もつとも、区分所有建物についてその敷地に対する法定地上権が成立することが法解釈上確定しているのであれば、債務者は同敷地の買受人から建物収去土地明渡しを求められることはないから、常に必ずしもこれを一括売却しなければならないとはいいきれないこととなる。しかし、建物区分所有法二二条が適用されない区分所有建物についてその敷地のみが競売・競落された場合に、右区分所有建物に法定地上権が成立するか否かについては、本件明渡訴訟の第一審判決と第二審判決とで前記のとおり異なる見解が示され、右第二審において右の法定地上権の成立が否定されたように、少なくとも右区分所有建物について法定地上権が成立するとの法解釈が確定していたとはいえない。

したがつて、執行裁判所としては、このような観点から、万一法定地上権が否定された場合に債務者に加重な損失を与えることのないよう考慮した上で、一括売却をする必要性の有無を検討すべき義務があるというべきであり、本件においては、法定地上権の成立が否定された場合には、本件建物1は実質的に無価値となり、更には原告は同建物を収去する費用も負担せざるを得なくなるのであるから、本件建物1が一括売却されその代金を原告が取得する場合と比べ、原告に著しい不利益が生じることは明らかであつて、これを一括売却すべき必要性があつたものと認められる。

4  以上の事情を総合すると、本件担当裁判官において原告が本件建物1の収去義務を負わざるを得なくなることを知りながら敢えて同建物を一括売却から除外したとまで認めるに足りる証拠はないものの、前記説示の一括売却制度の趣旨及びその解釈、並びに同制度についての執行実務の運用、更には右にみた法定地上権の成否の検討を含めた一括売却の必要性を考慮すべき、執行裁判所に通常要求される注意義務に照らせば、本件担当裁判官には、本件建物1を本件土地とともに一括売却すべき義務があつたのにこれを怠つた過失があつたものといわざるを得ない。

三  請求原因3(損害)につき判断するに、前認定のように本件建物1は本件競売手続において三四四万円と評価されていたのであるから、原告はこれを収去せざるを得なくなつたことにより右同額の損害を被つたものと認められ、《証拠略》によれば、同建物の収去に要することが見込まれる費用は三九四万円であり、原告はこれを支出せざるを得なくなつたことにより右同額の損害を被つたものと認められる。

四  以上によれば、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言についてはその必要がないものと認めこれを付さないこととする。

(裁判長裁判官 大和陽一郎 裁判官 山田俊雄 裁判官 内田博久)

《当事者》

原告 細川洋子

右訴訟代理人弁護士 住本敏己

被告 国

右代表者法務大臣 後藤田正晴

右指定代理人 浅野晴美 <ほか一名>

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